日記
午前中は仕事でどたばたとしていた。午後は The Who を聴いてソプラノ歌手のマリア・カラスの映画を観た。夜は日暮里の工房ムジカに行った。
本棚の真横でお酒が飲める、そもそも本棚をテーブルにしているそう。本が好きな人にとっては幸福。米茄子の田楽とマグロの窯焼き、ボロネーゼを食べてやんややんやと話す。何かの理由を説明している時点で過去的な発言に対して、やっさんが「理由がある」のではなく「理由とする」と言っていた。たしかに、現在の時点から過去に向かっている感じが出るので、「理由がある」より「理由とする」の方がしっくりとくると思った。
ほりぐっちゃんにこないだ「時間って何」と聞いた時に「記憶」と言っていたこと、やっさんが電話で「ただ、人は移動しているだけ」と言っていたこと。そこらあたりに、思考の鍵をもらった気がする。しかし、忙しくて思考しているのかしていないのか、わからない状態が続いている。「考えている」と問われれば「何も考えていない」と。「考えていない」と問われれば「考えている」、ややこしい。
マスターのりょうさんの詩集『風の挽歌』を買って帰った。ちらっとページをめくると、秀逸。やっさんにも本をいただき読む本がたくさん。